はじめに|我が家にとっての向き合い方。
もうすぐすると、終戦記念日ですね。
この時期、メディアの報道には一方的に軍部が悪いという、偏った番組が放送されます。
私の父方の祖父は、帝国海軍の大佐。母方は陸軍軍医として従軍していました。
そういう背景もあり、以前から、このような報道を娘には鵜呑みにしてもらいたくなくて、知見の限りを幼稚園の頃から娘に伝えてきました。
今回は、娘と父の実体験をご紹介することで、このブログが皆さんのご家庭でのお子さんの感謝の教育に役立てて頂ければ幸いです。
知覧で娘は、分かっていた。

私は、コピーライターとして独立する前は、佐賀市に本社があるサガシキ㈱に営業として勤務していました。
本社、東京、そして本社勤務の後に、鹿児島支店の配属を命ぜられました。
当時、娘は幼稚園の年中さん。
日常のコミュニケーションは問題なくできてましたが、さすがに知覧特攻平和会館に家族で行っても理解はできないだろう、と思いながらも、せっかくの鹿児島生活。
5月の連休を利用し、知覧へと家族3人で行きました。
特攻平和会館での体験。
入館後、私と奥さんは、じっくり隊員の写真や年齢などを見て、大変胸が熱くなってきましたが、最初のうちこそ、娘も歩調を合わせていましたが、だんだん飽きてきたのか、あちらこちらにちょろちょろと動き始めてしまいました。
その様子に、「ああ、やっぱり早かったかな。」と思った私は、奥さんに「娘と先に行くよ。場合によっては外の駐車場で待ってるかも。」と伝え、ぐいぐい進んでいく娘に従って歩き、とうとう出口をくぐってしまいました。
小雨の隊列。やがて知る、娘なりの平和。
出口を出ると、小雨が降り始めていました。
私は、どうしようかと思案しながら娘と一緒に、駐車場の方へと歩き始めていました。
すると視界に入ったのが、迷彩服の自衛隊員が整列し、約100名くらいでしょうか、小雨の為に全員ポンチョを着て、ズラリと並んでいました。
特攻会館を後にしての、いきなりの自衛隊員。
一瞬の驚きのあと、娘の方を見ると、怖いのか、娘は、じっと隊員たちを見つめているだけでした。
班長さんらしい人が号令をかけ、隊列を乱すことなく、自衛隊の皆さんは会館へ向かっていきます。
娘と私は、邪魔になってはいけないと思い、入口の近くに移動し、なんとも威風堂々とした様で、隊列が会館に入っていくのを、ただただ眺めていました。
数分後、全員が会館に入り終わると同時に、私の右手の親指を娘がぎゅっとつかんできました。
「ん?どうした?」と娘に聞くと、なんと娘は、静かに、そして視線は自衛隊が入っていった入口を見据えたまま、こう放ちました。
「おとうさん。あのひとたちは、ぶじにかえってこれたんだね・・・。よかったねぇ~。」と口をすぼめて、そして、まるで父の返事など期待しないかのように、ようやく言えた瞬間でした。
娘にとって、会館で見た写真の特攻隊員たち。そして、駐車場で会った生身の自衛隊員とは、同時代の兵隊さんとして映っていたのです。
そして、戦争で死なずに、生きて帰ってきたことへの、幼稚園児ながらも、頭を整理し、そして自ら小さな安堵を得たのだと思いました。
後日、このエピソードを、大学2年になった娘に聞いてみたら、すっかり忘れてしまっていたようです。
それでも、私の中では、永遠に記憶される、代えがたい物語となりました。
ちいさな敬礼。大きな感謝。
知覧での出来事は、私にとっても奥さんにとっても、娘に備わっている小さな「観察眼」「洞察力」に驚くと同時に、このピュアな感情を大切に育まなくてはいけないと思いました。
1000円は、父の思惑。

そんなある日曜日、1000円のお小遣いを娘に渡して、「散歩に行こう」と出かけました。
この1000円の意図は、500円で花束を2つ、自分でお店の人に話をして買う事ができるか?
そして、その花束を、他者を救う仕事をしている、消防や警察の方に渡す事を狙っていました。
お店の外で、娘とお店の人とのやりとりを、冷や冷やしながら、辛抱強く待ってました。
こういう時間というものは、長く感じられるものです。
ちゃんと予算内で買うことを、伝られるだろうか。
お店の人から質問攻めにあって、泣きださないだろうか。
父の心配は、打ち寄せる波のように絶えることはありません。
それでも、なんとか小さな要望をキャッチしてくれたお店の方が、私の方を見て、右手でOKのサインをくれました。
さて、買った花束を持ち、手をつないで歩道を歩くと、やはりすれ違う車からの視線を感じます。
小さい女の子が、片手に花束、もう一方の手はお父さん。
なんとも、平和で幸せな構図です。
花束には、最敬礼。

数分歩くと、地域の防災を守る消防署へと着きました。
娘には「お父さんが隊員さんを呼んでくるから、いつも守ってくれてありがとう、と言うんだよ。」と伝えました。
入り口を入ろうとしたときに、消防車の横に隊員が着替えるロッカーがあるのですが、ちょうど防災服から署内の制服に着替え中だった隊員の方から「いかがされました?」と声をかけてこられました。
「あっ、着替え中にすいません」と答えた瞬間、父の声が聞こえたからか、花束を持った娘が、ひょっこりとこちらに現れたのです。
「えっと、実は幼稚園の娘に、日頃の感謝と言う意味で花束を・・」とまで言った瞬間、超スピードで着替え、2階へと駆け上がり、数人の隊員たちを引き連れて、娘とわたしのところに、戻って来られました。全員で5名くらいだったと思います。
一番リーダー格の方が「気を付け!敬礼!」と気合抜群に一声。
ザっと全員号令に従います。
あまりの展開にわたしはどうしたものかと、娘の方をみたら、なんと娘も自身で「敬礼!」と言って、顔に対して斜めではなく、ほぼ顔と並行になるように、真っすぐに敬礼をしていました。
右手で敬礼、左手には花束があったので、娘から一束預かり、「さ、隊員さんに渡して」と肩を叩きました。
娘は、「あいがとうございます」とだけ言って、一番左に居た年長者の方へ渡しました。
確か、この頃の娘は「ありがとう」ではなく「あいがとう」と言うクセがありました。
年長者の方からは大きな声で「ありがとうございます」。
ほかの隊員たちからも「ありがとうございます」と、この不意を衝く小さなプレゼントに大感謝をされていました。
娘も、無事にひとつの大きな冒険を終え、まあまあのご満悦な感じ。ご褒美に天文館の白くまのアイスをご馳走してあげました。ドキドキ体験の後のアイスは、いつもより甘く感じたことでしょう。
感謝が向かう、最後の花束の行く先。
さて次に向かったのは、マンション近くの交番。
警察署だと、あまりにも人数が多く、ちょっと大げさになってもいやだったので、2、3人しか勤務していない、交番を目指しました。
歩いている途中、娘が「おとうさん、さっきの消防のひとは、火事がないときはなにしてるの?」とやや具体的な質問が。
「ない時は、あった時に備えて、いろんな訓練をしてるんだよ」
「へぇ。じゃあ、きょうもするのかな?」
「毎日だよ。」
「なんで、まいにちなの?」
「人を助けるためには、人を負ぶって階段を上がったり、重たくて暑い消防の服を着たまま、走ったりしとかないと、本当の火事の時に、力を発揮できないからさ」。
「ひぇ~、おとうさん、ひとの為にはたらくって、たいへんだね」
「あのひとたちにも、白くまのアイスを食べさせたいね」と。
何となくですが、思ったことは、じんわりと ”他者のために働く”とは。という概念が娘に芽生えた時だったかもしれません。
話しながら、交番の前にたどり着いた私たちは、交番の中が無人で留守の様子に気づきました。
入り口には、現在パトルール中の札が。
「んー、残念ながら、警察さんはいないみたいだね。どうしよっか?」
娘は歩き疲れたせいか、無言でした。
からだをモジモジさせながら、自分でもどうしたものか、判断が付かない様子です。
それでも、諦めたくないのか、もう一度中を覗いたり、さっき来た通りを見たり・・。
わたしが、今日はあきらめて帰ろうかと言いだそうとしたときに、「おとうさん、この花束はね、お母さんにあげよう」と言い出しました。特にダメな理由もないので、そうだねぇと相槌を打っていたら、さらに娘から「警察さんは今度で良いよ、お母さんも、みんなのために頑張ってるから、それが良いよ」と妙に納得した感じの宣言でした。
もう決定事項だ、と言わんばかりに、お家の方向へ歩き始めたのでした。
きっと自分の手に残る花束を見て、誰かに渡したい、この花束は誰かに渡すべきものだと、と無意識に思っての選択だと思いました。この瞬間、彼女の感謝の循環は、繋がっていったのでした。
結びに|あなたのご家庭では、どんな”軸”が芽生えていますか?
大東亜戦争に関しては、一次資料ならまだしも、考察や論説などは、様々な立場や思惑が後付けの理屈で働き、必ずしも額面通りには受け取らないように、我が家では伝えています。
特にメディアには映像や効果音も交えて、印象操作に走る傾向が散見されます。
今回の記事の実体験でお伝えしたかったことは、まさに感謝の循環。
幼稚園児の娘に、親がそういうシーンを与えることで、まだ真っさらな無垢のこころに、自ら考え、例え上手くいかなくても選択していくという”軸”を設けたかったのだ、と今ははっきりと言えます。
それは、希望の軸、と言い換えても良いかと。
各ご家庭での、教育の在り方に対して異論を唱えることではありませんが、コピーライターとして、メディアリテラシーを生き抜く、これからの世代を育むのはまずは、家庭環境です。
その親こそが責任ある消費をはじめ、世界の混濁化した情報を取捨選択できる子供に育つように、子供のアンテナの感度を観察し、麻痺させない為にも、幼少の頃の”軸”は大切であると考えます。
